厚生労働省の統計を見ると、アニサキス症の患者数は近年になって急増しているように見えます。この数字だけを聞くと、「昔より発症者が一気に増えてしまったのか」と不安になりますよね。
しかし実際には、報告数が増えた背景には食品衛生法の改正による医療機関から保健所への報告義務化といった制度面の変化が大きく影響しています。つまり「患者が急に増えた」というよりも、「以前は表に出なかった症例が統計に反映されるようになった」側面が強いのです。
もちろんリスクがなくなったわけではありませんが、正しい知識と予防法を知っておけば、必要以上に怖がる必要はありません。ここからは、アニサキス症を防ぎながら美味しく魚を楽しむためのポイントを考えていきたいと思います。
ここでいうアニサキスとは、魚介類に寄生している線虫(寄生虫の一種)のことです。人がアニサキスに寄生された生魚を食べると、胃や腸に入り込み、そこで噛みつくことによって激しい腹痛や吐き気を引き起こします。これがいわゆるアニサキス症です。
発症すると症状はかなり強烈で、差し込むような腹痛に加えて吐き気や嘔吐を伴うこともあります。残念ながら、こうした症状は自分の力で和らげることはできません。我慢できないほど辛い場合は、ためらわずに消化器内科などの医療機関を受診する必要があります。内視鏡検査によってアニサキスを直接取り除いてもらえば、症状はすぐに改善するケースがほとんどです。
一方で、すべての人が強い症状に見舞われるわけではありません。実際には、軽い違和感や腹痛のまま自然に回復してしまう人もいます。これは、アニサキスが人間には長期間寄生できない寄生虫だからです。体内に入り込んだとしても、アニサキスが生存できるのはせいぜい**数日(2〜3日程度)**とされており、その後は死滅します。そのため、強烈な症状が出ないまま気づかずに治癒してしまうケースもあるのです。
とはいえ、強い痛みを伴う場合は自然治癒を待つのは危険です。「おかしい」と思ったらすぐに医療機関へ行く――これがアニサキス症と付き合う上での基本的な考え方だといえるでしょう。
さまざまな情報を見てみると、近年になってアニサキス症の報告数が急増しているのは、食品衛生法の一部改正によって医療機関から保健所への報告義務が明確化されたことが大きな要因とされています。つまり「発症する人が急に増えた」というよりも、「これまで表に出てこなかった数字が統計としてカウントされるようになった」という側面が強いのです。
結局のところ、アニサキス症は今に始まったものではなく、昔から存在していた症状だと言えるでしょう。思い返せば、生の魚を食べたあとに「なんとなくお腹が痛い」と感じた経験がある人も少なくないはずです。そうした軽い症状の中には、実はアニサキス症が含まれていたのかもしれません。
ただし、実際にアニサキスに当たった人の話を聞くと、その痛みは相当に強烈で、「転げ回るほどの激痛」であるといいます。普通の腹痛と明らかに違い、自分でも「これは何かおかしい」とわかるレベルだそうです。ですから、「気づかないまま過ぎてしまう」ことはほとんどありえないというのが、経験者たちの一致した意見でした。
私は東京湾沿いの漁師町で生まれ育ちました。港町という土地柄、子どものころから生魚を食べる機会がとても多く、刺身はごく当たり前の存在でした。父は大の釣り好きで、週末になると必ず釣り船に乗り込み、アジやサバ、カワハギやスズキなど、季節ごとにさまざまな魚を釣ってきました。その魚が食卓にずらりと並び、家族で刺身や煮付けにして食べるのが、わが家の週末の楽しみだったのです。
そんな環境で育ちながら、不思議なことにアニサキスにやられたことは一度もありません。いまは別々に暮らしている両親も同じで、これまでアニサキス症を発症したことは一度もないのです。刺身を食べる機会が圧倒的に多かったにもかかわらず、どうしてそうだったのか。
思い返してみると、生活の中で自然と身につけていたちょっとした注意や工夫があったように思います。当時は「当たり前」だと思っていた習慣が、結果としてアニサキスを避けることにつながっていたのかもしれません。ここでは、そのいくつかを振り返ってみたいと思います。
これは親から教わりました。以前は小学校でぎょう虫検査をやっていたのですが、普段の生活においても人体への寄生虫が宿る心配があったからです。水洗トイレが普及していなかった時代は、人の糞尿を肥やしに利用して畑をつくっていることは珍しくなかったそうです。近くの畑からすごいにおいが漂ってきたときに肥料が何であるのかを教わりました。これがとても野菜にとって良い肥料になり、おいしい野菜がとれたのです。ですが、一つ大きな問題がありました。
肥料として利用する糞尿には人体に寄生した寄生虫の卵が入っていることがあり、これが野菜に付着します。ですので、そのまま食べてしまえば体内に入ってしまうということになります。
ですから畑のつくった野菜はよく洗うこと、そして糠漬けのお新香を除きますが基本は火を通して食べることを教わりました。今は生の野菜サラダが普通に食べられる世の中なのでちょっと考えられないという人もいらっしゃるでしょうが、本当に便利な時代になったものです。ただし、買ってきた野菜をサラダにするときはしっかりと洗ってからつくりましょう。
以上、寄生虫はとても身近な話であることを小さいときに教わりました。
子どもの頃、刺身はごく当たり前の食卓の一部でした。その中で、両親からは魚の食べ方や注意点をよく教えられたものです。もちろん当時の知識がすべて正しいとは限りませんが、今でも参考になる点は多いと思います。
たとえば――
生で食べない方がよい魚
サバ、ソーダガツオ、鮭
冷凍してから刺身で食べる魚
釣ってきたイカ
このようなルールを家庭内で自然に覚えていきました。
今では高速道路網や流通の発達によって、全国どこでも比較的新鮮な魚がスーパーに並ぶようになりました。そのおかげで、かつては刺身で食べることが珍しかったサンマが、普通にお造りとして楽しめるようになったのは本当に感動的です。数十年前までは「サンマを刺身で食べるなんて考えられない」という時代があったのです。
基本的に“あしのはやい魚”――つまり傷みやすい魚は生食を避けることが、昔からのアニサキス予防の知恵でした。
イカは生でさばいて食べるのが一番美味しそうに見えますが、実際にはアニサキスの幼虫が目視で確認しづらく、リスクが高いため、一度冷凍してから解凍して刺身にするのが安全とされていました。
また、サバを生で食べる習慣がある地域もありますが、これは寄生虫のリスクが低い海域に限られていたためだと考えられます。一般的にはサバにアニサキスがいる可能性は高く、酢で軽く〆ただけでは全く効果がありません。「酢で〆れば大丈夫」と思うのは誤解なのです。
鮭については、両親から「ルイベなら大丈夫」と教わりました。これは冷凍することで寄生虫が死滅するからです。今スーパーでよく見かけるサーモンは、外国で養殖された鱒類であり、寄生虫の心配はありません。しかし、かつて“鮭”といえば天然の川や海で獲れる魚を指しており、それを生で食べる習慣はありませんでした。
昔の家庭で語り継がれてきた魚との付き合い方は、科学的にみると必ずしも正しい部分ばかりではありません。ただ、「魚の鮮度を重視する」「傷みやすい魚は生で食べない」「冷凍で安全性を高める」といった基本姿勢は、今でもアニサキス予防に直結しています。
時代は変わっても、こうした知恵を参考にしながら、安心して美味しい刺身を楽しむ工夫をしていきたいですね。
アニサキスを予防する最も確実な方法は「刺身を食べないこと」だと言う人もいます。確かにそれならリスクはゼロになりますが、そんなのはあまりにも悲しすぎる話ですよね。日本の食文化の魅力でもある刺身を、一切口にしないなんて現実的ではありません。
だからこそ大切なのは、正しい知識とちょっとした注意です。鮮度の良い魚を選ぶこと、一度冷凍してから食べること、信頼できる店で買うこと――こうした基本を押さえておけば、アニサキスのリスクは大きく減らせます。
私はこれからも、こうした工夫を意識しながら安心してどんどん刺身を楽しんでいきたいと思っています。
アニサキスを口にしてしまう多くの事例は、イカを除けば魚の内臓から腹身へ移動したものを生で食べてしまったケースだと考えられています。魚が生きている間、アニサキスは基本的に内臓の中に潜んでいます。しかし魚が死んで時間が経ち鮮度が落ちてくると、アニサキスにとって内臓が居心地の悪い環境となり、逃げ場を求めて腹身の方へ移動してしまうのです。
つまり、見た目では綺麗な刺身でも、鮮度が落ちた魚ほどアニサキスが身に入り込んでいる可能性が高まります。これは消費者にとって一番やっかいな部分で、「新鮮に見えるから大丈夫だろう」と思っても実はリスクが潜んでいることがあるのです。
ただし、この問題は魚の鮮度を重視することで大きく回避できます。できるだけ水揚げから時間が経っていない魚を選び、信頼できる魚屋やスーパーで購入すること。そして、腹身にまで寄生虫が移動する前に食べるようにすれば、アニサキスを口に入れてしまうリスクを大幅に減らすことができます。
イカの中でも、とくにスルメイカにはアニサキスが潜んでいる可能性が高いとされています。そのまま食べる場合は、イカソーメンのように細く切るのがおすすめです。また、食べるときはしっかり噛むこと。きちんと噛めば、生きたまま体内に入る心配はありません。(考えるとちょっと嫌ですが…)
冷凍したイカは、解凍しても生とほとんど変わらない食感が楽しめるのが魅力です。刺身で食べてもとても美味しく、安心のためにも一度冷凍してから刺身にするのがベストだと思います。
やはり信頼できるお店で魚を買うことが、刺身を安心して楽しむための大前提になります。なじみの魚屋さんや、近所で「魚が美味しい」と評判のスーパーなど、地元の人に人気があるお店を選ぶのが一番です。人気があるということは、それだけ魚の回転が速く、常に新鮮な状態で仕入れや販売が行われている証拠でもあります。
また、意外と見落としがちなのが買う時間帯の工夫です。夕方以降になると、スーパーでは刺身の値引きシールが貼られることがあります。このとき、一尾丸ごとを買ってその場でさばいてもらうよりも、すでにお造りとして並べられているものを選ぶのがおすすめです。
なぜなら、スーパーが刺身用に調理するのは午前から昼過ぎにかけてが多いためです。調理された時間が早ければ早いほど、その魚はより良い鮮度のうちにお造りにされている可能性が高いのです。つまり「夕方に安くなっている刺身」は、実は鮮度が良い状態で切られたものを、お得に買えるチャンスだといえるわけです。
こうしたちょっとした工夫を意識するだけで、美味しい刺身をリーズナブルに、しかも安心して楽しめるようになります。
これは正直、**自己責任で(笑)**と言うべきところかもしれません。私自身もよく刺身で食べていますが、まずは鮮度をしっかり確認しています。
魚のお腹の部分が少し柔らかいときには、ハラワタを取り出す際に表面や中をチェックします。外側に丸いブツブツのような痕が見える場合は要注意。なぜなら、それがアニサキスの存在を示すサインである可能性が高いからです。
とはいえ、そういう魚を必ずしも刺身にしないわけではありません。私は腹側の身を厚めにすき取って、なるべく内臓に近い部分を刺身で食べないようにしています。これだけでもアニサキス症のリスクはかなり減らせるはずです。
また、イカの場合は特に要注意。生で売られているイカをそのまま捌いて食べることはありません。プロであれば細かく確認して取り除けるかもしれませんが、イカの身に潜むアニサキスの幼虫は非常に見つけにくいのです。安全に刺身で楽しみたいなら、一度冷凍するのが確実です。
うちの家族は刺身が大好物です。だからこそ嫌な思いをせず、美味しく安心して食べたい。「どこに気をつけるか」を意識するだけで、アニサキスは決して怖い存在ではないと思っています。これからも、美味しい刺身をたくさん楽しんでいきたいですね。